夏期合宿が終わってからも全日本初入賞に向け稽古に励んでいました。この頃の私は朝9時~15時まではエグザスでスポーツインストラクターとして働き。その後17時頃までウエイトトレーニングを行い。終了後に各道場教室へ指導に行くというスケジュールでした。指導は新金岡(火・隔週土)、光明池(水・隔週土)、ここに東岸和田(木)の指導を任される事になり常勝軍団の仲間達と一緒に稽古する時間が取れなくなってきたのが悩みでした。何とか時間を調整しては総本部でサンドバックを蹴りにいったりと自主トレも行っていました。今大会からは再延長で勝負がつかず体重差が10kg以上無い場合はグローブ着用で顔面パンチありの特別延長を戦う新ルールとなり試合場も舞台からリングになる事が決まっていましたが石井館長や中山師範のセミナーが1、2回あった位で後は各自任せでした。私も通常の空手ルールの延長戦上にあるくらいにしか思っていませんでしたので、特別な稽古をする事無く普段どおりの稽古と指導をこなしてました。この頃はまだ仲間たちもまだそんな感じだったように思います。(翌年の第8回大会からはプロの強豪選手達が参戦する事になりこれ迄のようにはいかなくなりました…その話はまたの機会に)当時から正道会館はメディアでもよく取り上げられていたのですが全日本の宣伝活動も兼ねて私たち若手もちょくちょくTVに出させて頂いたりして普通は出来ない貴重な経験をさせて頂きました。選手引退後も総本部からお話を頂き『熱血!ハイテンション』、『探偵!ナイトスクープ』、『火曜ワイドスペシャル』、『ぐるぐるナインティナイン』、『超K-1宣言』等など結構出させて頂きました。
どれも楽しい思い出として記憶に残っています。映像は全て残ってありますので道場生の皆様には機会があればいつか観て頂き笑ってもらえたらなと思っています。お楽しみに(笑)
次回はいよいよ『第7回オープントーナメント全日本空手道選手権大会』のお話になります。
PS
9月4日(金)に長年悩まされておりました変形性股関節症の両足同時人工股関節置換手術を行いました。
特に右足は発症から約13年経過し末期の状態でした。昨年あたりから左足も右足の初期症状と同じような症状が出てきたので気になり3月に診察をしてもらった所初期状態との事でしたので今回同時に手術してもらう事を決断しました。手術後は順調にリハビリを重ね18日(金)に無事退院しております。
既に杖無しで歩行できるようになっておりますが、まだまだよちよち歩きで本来の状態には程遠いです。
何とか10月には道場生の皆様の前に出られるように今はしっかりとリハビリに励みたいと思います!
もう暫くの間ご迷惑をお掛け致しますがご理解ご了承の程宜しくお願い申し上げます。 中川敬介

第7回全日本大会初入賞に向け
総本部でも稽古に励む

苦手でしたが自分の中では
この感じで蹴れてる時は倒せる
みたいな感触は掴んでいました

全日本大会のポスターを
バックに

放映されていたモーレツしごき
教室の特番だったと思います

空手の試し割りや組手に
挑戦してもらいます

佐竹先輩、岡本依子ちゃん、
梶山(現近藤)さん

よる瓦10枚割り

因みにこの頃は試し割り用の
バットなんて無い時代です

2000年シドニー五輪でメダリスト(銅)となる高校生時代の岡本依子
ちゃんの飛び蹴り


膝蹴りで攻める私
勿論スン当てくらいです

との大変貴重な組手シーン


ひとりとして参加

さんがMCをされていました

山内君、田上君

競い合って1番を決めるような
番組だったように思います

みたいな感じでした


悔しそうな武澤さん

進行役をされていました


『愛のラブラブコール』という
コーナーに出る事になりました

進行役でした


上着を脱がされる

Tシャツ姿にされる私

非常階段のミヤコさんと
『ごたいめ~ん』となりました

Tシャツも脱がされるはめに…(汗)

悔しがるミヤコさん



