第7回士道館杯争奪
ストロングオープントーナメント
全日本空手道選手権大会
(1987年10月25日/後楽園ホール)
1987年10月25日東京の後楽園ホールで開催される『第7回士道館杯争奪ストロングオープントーナメント全日本空手道選手権大会』の選抜メンバーに選ばれ初めて他流派の大会へ出場する事になりました。この大会は極真の猛虎と呼ばれた添野義二先生が館長を務める士道館主催の大会で、当時としては珍しい投げ技・締め技・顔面への掌底牽制(実際には当ててます)が認められるという過激なルールでした。正道会館が初めて東京の大会に出場するという事で注目されていました。私も初めての他流大会出場で燃えていました!当日会場には中学時代に読み漁っていた漫画『空手バカ一代』に登場されていた士道館添野義二先生、真樹道場真樹日佐夫先生、佐藤塾佐藤勝昭先生他豪華な顔ぶれが勢揃いされていて興奮しました。一ヶ月前の正道全日本で真樹道場の安里選手と戦った事を覚えておられた真樹先生から声を掛けて頂き嬉しかった事を覚えています。軽中量級(60kg以下)、重量級(70kg以下)、無差別級(70kg以上)の三階級で行なわれ、正道会館から重量級に5名(松本君、田前さん、田上君、藤田君、中川)無差別級に2名(玉城先輩、柳澤さん)がエントリーし全員で7名出場していました。私の1回戦は士道館の選手でした。初めての他流試合、東京遠征ということもあり緊張していたのか動きが少し重く感じましたが膝蹴りを効果的に出し本戦で判定勝ちできました。2回戦は真樹道場の選手。とても背が高く手足の長いヒョロッとした私が苦手とするタイプでしたが積極的に右のロー、下突き、ハイで攻撃し突きで技有りを奪い本戦勝ちできたましたが途中蹴った時に足を痛めてしまいました。3回戦は前年の重量級準優勝の強豪士道館岡村隆志選手。岡村さんは関西の選手でしたので面識もありあまり他流派という感覚は無かったです。本戦ではお互い警戒しすぎて掴みが多くなります。途中投げや関節を極められそうになるも何とか逃れ引き分け。延長戦では逆に私も関節を狙うがそんな稽古はやっていませんので中学時代にプロレスごっこで使ってたような訳の分からない関節技を掛けにいきますが、全く効果の無い技なのに私が『入った入った』とアピールするので会場からは失笑が漏れ私も岡村さんも苦笑いです…。少し会場の空気が緩んでしまったので『これじゃアカン』と再開後は気を引き締めました。そして直後にチャンスがきました。岡村選手が両手で掴もうとしてきた所を右手でその手を払い落としながら、右サイドの死角へ飛びながらの左上段廻し蹴りが上手くヒットし岡村さんが一瞬膝から崩れ落ちそうになり技有りを奪う事ができ判定勝ちを収める事ができました。岡村さんは後にプロレスラーとしても活躍され一時期は人気プロレス団体ドラゴンゲートの社長も務められ、退任後は岡村道場を開設し代表師範を務められていました。実はこのブログの準備をしている時に岡村さんの訃報を知り驚きました。かれこれ20年以上お会いしていませんが、とても気さくで強く優しい方でした。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。準決勝戦は同門正道会館の藤田実選手。空手ファンなら誰でも知っている往年の名選手。アンディフグ選手が戦った正道選手の中で一番強かったと話していた事は有名です。この時の藤田君は地元の愛媛では芦原会館で修行し関西大学への進学を機に正道会館に入門し修行されていました。年は私より一つ上ですが正道会館では後輩になります。この時まだ茶帯でしたが新人戦では負け知らずの快進撃を続けていてとても強い印象があり館長からも将来を期待されていました。この大会では3回戦で同門の強豪である田前純三選手に勝利し準決勝に駒を進めてきました。私は勢いに負けないよう先手必勝で先に積極的に仕掛けていきました。藤田君は田前さんとの激戦で疲れていたのか私が先輩という事もあり少し遠慮していたのか今までのような勢いは無く何とか本戦で勝つ事ができました。藤田君とはこの後とても仲良くなり27歳で田舎へ帰る頃まで本当によく行動を共にしていました。又お互いの奥さんが私の兄が教えていたダンススタジオのダンス仲間であった事もあり夫婦共々今でも仲良くさせて頂いてます。藤田君とはその後二度戦う事になり思い出話も沢山ありますので又いつか紹介したいと思います。決勝戦はこの年の拳武道会館の全日本大会で優勝の士道館村上竜司選手。3回戦でライバルで仲間の強豪田上敬久君に勝ち、準決勝では若き日の白蓮会館南豪宏選手(後に白蓮会館の絶対王者となり極真全日本でも大活躍、正道会館ワールドカップでも実績を残し引退後は指導者としても多くの強豪選手を育成)を下し(正直この試合は微妙な判定で会場からはブーイングが出る程の際どい試合だった記憶があります)決勝戦に進出してきました。何とか勝って無差別級決勝の柳澤さんにバトンを繋げたい所でしたが開始早々から鉈で刈るような強烈な下段を浴びせられ主導権を取られました。私も応戦しますがパワーで弾かれ思うように戦えません。そして30秒過ぎたあたりでまともに左の下段廻し蹴りを決められ技有りを取られます。その後も畳み掛けるように重たいローで攻めてきます。起死回生の一発を狙い左ハイを出すも脚に力が入らず崩れてしまいます。かなりダメージをもらった所で後半2回戦で痛めた箇所を再度痛めてしまい大ピンチに陥ります。何とか一本負けだけは免れたく必死で耐えますが防戦一方となり試合終了。完敗です。後にも先にここまでダメージを受けコテンパンにされたのはこの試合くらいしか記憶にありません。初の他流派全日本で準優勝となりましたが全然嬉しさは無く悔しさと情けなさと申し訳無い気持ちで一杯でした。試合後に後楽園の中華レストランで館長、選手達皆で後援会の社長さんにご馳走になりましたが私だけお通夜のように暗く落ち込んでいました。こうして初の他流派大会は苦く厳しい結果となりましたが自分にとっては良い経験になったと思っています。

この大会は投げ技・締め技・
掌底による顔面牽制も有りという
過激なルールでした

名前や軽中量級に松本君の名前が
ありますが最終的には重量級5名
無差別級2名の全7名が出場

勢揃いされていて興奮&緊張

初の他流試合で緊張もあってか
動きが重く感じました

関節技を狙いにいきます…が
当然極まりません

本戦判定勝ち

とても背が高く細身で手足の長い私が苦手とするタイプでしたが
中盤に突きで技有りを奪えました


決まり判定勝ちできました

士道館の岡村隆志選手と対戦
特別主審を務めるのは
師匠の川地雅樹先輩
良いところをみせたいところ!

そうになるが制限時間が
短い為何とか逃れる

差が無く本戦引き分け

何か訳の分からない技をかけ主審に『入った入った』とアピールするも『入ってない入ってない』と一蹴される

私は恥ずかしくて照れ笑い


岡村さんが両手で押さえにくる
所を外受けぎみに右手で振り払い

左上段廻し蹴りが決まる

岡村選手これが技有りとなり勝利

この時まだ茶帯でしたが新人戦では負け知らずで勢いがありました
主審は真樹道場真樹日佐夫先生

が顔面に襲いかかる



第5位の同門田上君に勝利

南豪宏選手を下し決勝進出
南選手が年下と知り驚きました
初めて年下の選手を
意識した瞬間でした

廻し蹴りで主導権を取られる


ある下段廻し蹴りを決められ

技有りを取られてしまう


攻めてくる村上選手


踏ん張りが効きません

絶対に一本負けだけは免れたく
必死に耐えます

対照的にガッツポーズの村上選手

されるが悔しそうな表情

優勝:村上竜司(士道館)
準優勝:中川敬介(正道会館)
第3位:南豪宏(白蓮会館)
第3位:藤田実(正道会館)
敬称略



佐藤塾のエース松井宣治選手を下し
柳澤聡行選手が優勝!
やはり柳澤さんは強かった!

授与される柳澤さん
自分が優勝できていたら正道会館が二階級制覇となる所でしたので本当に申し訳なく
情けない気持ちで一杯でした…