第6回全日本大会の話の前に当時の私や仲間達の稽古、指導スケジュールがどんな感じだったのかを今回は紹介したいと思います。特にこの当時(1987年)仲が良かったのが田前純三(現空手塾代表)さん、武澤伸光(現正道会館)さん、松本栄治(現誠勇会代表)君、梶山(現:近藤)佳哲(現正道会館兵庫県本部代表)さんでした。空手の時だけでなくプライベートでも常に一緒に行動を共にしていました。このメンバーは川地雅樹(現金剛カラテ道主)先輩に特に可愛がって頂いていたので川地先輩も一緒に遊ぶ事もよくありましたね。私と松本君以外は皆大学生でしたので日中は勉学に励み、松本君は確か文具関係の仕事、私はエグザスでマシンインストラクターとして働き基本的に空手の稽古は夕方からがメインでした。年齢は19~22歳と皆若かったですが各支部、教室を任され責任を持って真面目に指導にあたっていましたよ。指導時も終了後には自分自身の稽古を退館時間まで教え子達に協力してもらい行なっていました。仲間達とは主に月・木の総本部のフリートレーニングの日に集まり夜遅くまで稽古に励んでいました。終わった後に食事に行く事も多く辛い稽古後の楽しみの一つでしたね。私は終電に乗り遅れて内弟子僚に泊めてもらったり車で来ている人に堺まで送ってもらったりする事もよくあり有難かったです。休みの日も行事があれば必ず出席しお手伝いしていました。それが当たり前の時代で我々も苦だとかやらされているという気持ちは一つもなく楽しんでやっていました。本当に青春時代でしたね!次回は『第6回ノックダウンオープントーナメント’87全日本空手道選手権大会』時の思い出話をしたいと思います。

月・木のフリーの時間に仲間が集ってました

松本君や田前さん田上君は総本部でも指導

火曜日は新金岡、水曜日は光明池
土曜日はE先輩と隔週で交互に指導

も皆20歳前後で指導を任されていました
下は各々が考えた道場のキャッチッコピー

行事があれば必ずお手伝い


稽古の一部です

攻める武澤伸光さん

何人も病院送りにしていました

受験した時の写真だと思います
私は審査等の行事時に皆と会う
事がとても楽しかったです

だけでもこれだけの受験者が
集まっていました

奥でアップしているのが
私たち手伝いの有段者

朝10時にスタートし夜7時頃迄
審査をやっていたと思います

体力審査をチェック

目を光らせる私

代表として学生達をまとめる立場
で学連の審査時は審査員を務める