デビュー戦は残念ながら1回戦で負けてしまい少しショックでしたがいつまでも落ち込んではおれません。パンフレットには次回第3回新人戦は7月22日に開催と予告されていましたので4ヶ月もありません。気持ちを切り替え次こそは絶対に優勝するぞと言う気持ちで稽古に励みました。デビュー戦で実際の試合時間がとても長く感じたのと技が当たっても中々簡単に人間は倒れない事が分かったので、スタミナの強化と技の威力を上げる事をテーマにし日々稽古を重ねました。
そしてあっという間に1984年7月22日決戦の日が来ました。会場は住吉大社の敷地内にある住吉武道館でした。前回以上の参加数で当時のパンフレットは無いのですが前回時以上に強豪選手が多数出場していたと思います。一回戦は年上でしたが黄帯の1級下の相手でしたが結構パワーがあり技が重たかった記憶があります。少し不安だったスタミナも練習の成果でデビュー戦の時のように気の遠くなるようなしんどさもなく結構落ち着いて戦えていたように思います。本戦終了時点で判定で初勝利を収める事ができました。だだ上段に蹴りが入ってもダウンを奪えるような手応えはなくやはり試合でKOする事は簡単ではないなと改めて思いました。2回戦は豊中支部所属の山下友八選手でした。同じ高校生で軽量ですが一回戦を観てとてもイケイケで多彩な技を使う強い選手やなあという印象を受けました。
勢いで負けないようにこちらも積極的に試合を進めていきましたが中盤にタイミングよく跳び膝蹴りを顎(当時は新人戦でも上段膝蹴り有り)にもらいダウンし技ありを奪われてしまいました。もらった時に一瞬膝の力が抜けた事を今でもよく覚えています。ダメージは無かったのでなんとか盛り返そうと必死に攻めるも時既に遅し…で今大会は2回戦で敗退となりました。多分当時に豊中支部だった方に頂いたその時のビデオ映像がありますので秘蔵映像としてこの『青春 Karate History』をご覧の方だけに初公開致します。山下君は途中で空手は辞めたようでしたが後にダンスの世界で活躍されたと噂で聞きました。あのまま続けていたら間違いなく正道会館常勝軍団の一員として空手の世界でも活躍された事でしょう。初勝利を収める事はできましたが喜び以上に技有りをもらって負けた悔しさの方が何倍も大きかったです。最初は直ぐに優勝できる位に思っていた自分でしたがこの頃は優勝所か入賞すら永遠に出来ないんじゃないかと少し弱気になっていたように思います。
『青春 Karate History』をご覧の方だけが観れる秘蔵映像です