中川敬介 Karate History ④ 白帯時代

入門してからは毎回毎回稽古に行くのが本当に楽しく学校が終わるのが待ち遠しかったです。
当時は川地雅樹先輩と坂本健治先輩の二人が中心になって指導をされていました。
両先輩ともまだ大学生でしたが指導も運営も真面目に責任をもって務められていて今思うと大人だったなと思います。今の時代ここまで任せられる学生は中々おりません・・・。
後に全日本大会を3連覇する川地先輩はまだ茶帯でしたが第1回全日本大会で第4位に入賞するなどし、石井館長からも将来を期待されていたと思います。入会後は弟のように可愛がってくれ私も兄のように慕いいつも金魚の糞のように付きまとい多くの事を学ばせて頂きました。見学時に対応してくれた坂本先輩は既に黒帯で筋肉モリモリの身体でいかにも強そうでしたがとても優しく丁寧に色んな事を教えて下さいました。私は元々は身体が非常に硬くあまり柔軟を重視するタイプではなかったのですが、見学時に柔軟性の大切さを痛感し入門日までの間毎日必死に柔軟体操を行ないました。かなり強引なやり方でしたがその甲斐あって入門する頃には結構柔らかくなっていました。初稽古の基本足刀時に坂本先輩から褒められ皆の前で見本で蹴らされとても嬉しかった事を憶えています。当時はまだ極真時代の名残で正拳の握り方も一般的なもので基本の立ち方も三戦立ちで行なっていました。途中から正道スタイルの握り方になり基本も内八字立ちで行なうようになりました。当時の稽古は【柔軟→基本→古式の移動→実戦式の移動→組手】の流れで今よりも運動量も多く、冷暖房も無い時代でしたからキツく感じる時もありましたが断然楽しさの方が上まっていました。初級クラスと中上級クラスに分かれていましたので白帯時代はじっくりと基礎を学べたのも良かったです。最初に教えて頂いたのがこの先輩達で本当に良かったと今でも思います。

茶帯で第1回全日本4位の
川地先輩(後に全日本3連覇)
全日本大会で戦う坂本先輩
(第2、3回大会 第7位)
西日本学生空手道選手権大会(1984年7月1日)で戦う川地、坂本両先輩(主審:中山師範)
決勝で戦う二人の先輩を観て
とても誇りに思いました
心魂道場では初心者や子供達には従来の握り方で
中級者以上は状況に合わせて使い分けられるよう指導※親指の関節を痛めやすいので注意
私の崩しは袖口を掴む場合指全体ではなく親指の腹と人差し指の横の部分で摘むように掴むので正道スタイルの握り方が適しています
初稽古時坂本先輩に
褒められた足刀

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