晴れて黒帯に合格し1986年12月14日に開催される『第5回ノックダウンオープントーナメント’86全日本空手道選手権大会』への出場申し込みを行ないました。この頃の全日本は参加枠が64名と決まっていてその内約半数が他流派に解放されます。前年のベスト8入賞者は優先的に出場可能ですので実際に正道会館から出場できるのは約20名程となります。書類選考で他流派大会、新人戦等の実績を審査され決まります。申し込みから2週間程して私の元に出場決定通知書が届き目標にしていた全日本大会に無事出場できる事になりました。新人戦のように大会当日に組み合わせを知るのではなく全日本は前以て組み合わせが分かります。私は順当に行けば3回戦で、第1回大会3位、第2.第3回大会準優勝、第4回大会3位という凄い実績の大先輩で憧れの選手の一人『闘魂の権化!』今西靖明先輩とあたる事を知り目が点になりました。勿論覚悟を決めてエントリーをしているのですが実際に戦うかもしれないと分かった時は心臓がバクバクして変な汗が出てきた事を憶えています。でも決まったからには仕方がありません。気を取り直し、『絶対に倒されない!気持ちで負けない!最後まで諦めない!』と自分に言い聞かせました。第1~3回大会まで使われていた大阪府立体育館がリニューアル工事中で2年間使えなかった為、大会会場は前年の第4回大会と同じ守口市民体育館でした。サポーターを着用せずに試合をする事は今回が初めてでしたが、不安や怖さよりもっと手足が走りスピードが出て威力が増すだろうという楽しみの方が大きく又サポーターを着けながらの試合でも自然と拳やスネは鍛えられて強く硬くなっていましたので全く不安はありませんでした。でも会場に入ると新人戦とは比べ物にならない緊張感に包まれました。先輩達はニコニコしながら挨拶はしてくれますが目が笑っていません。仲の良かった仲間達と合流しやっと気持ちが落ち着きました。仲間と一緒にウォーミングアップを行い健闘を誓い合いました。それから暫くすると係の人から間もなく開会式が始るので整列するよう案内がありました。さあ!いよいよ全日本大会の始まりです!


パンフ・ポスター
当時の空手大会には
無い格好良さ!

プロフィール

武澤さん、松本君、田前さん
後に常勝軍団の代表選手として活躍!

当時は新金岡をメインで指導
光明池は川上達弘君が責任者でしたが
私も指導に入る事が多かったです

最強の先輩達

松本君も紹介されています


勝ち上がって行けば3回戦で
対戦する事になっていました


緊張しています